第12回 無声映画と音楽の創造








紀伊國屋書店からクリティカル・エディション・シリーズの1枚として、ベンヤミン・クリステンセン監督の『魔女』(未。1922)のDVDが発売される。この世界的に名高い日本未公開の古典が日本語字幕付きで手軽に観られるようになったのは、さしあたり僥倖と言ってよいだろう。 伴奏音楽は、『裁かるるジャンヌ』クリティカル・エディションと同じ柳下美恵のオリジナル録音。

ところで、『魔女』DVDは2001年に米クライテリオンで発売されている。こちらの音楽はデンマーク・プレミア上映版を指揮者で映画音楽研究者でもあるジリアン・アンダーソンが編曲したものをチェコ・フィルム・オーケストラが演奏したもの。ドルビー・デジタル5.0で収録されている。

アンダーソンには『無声映画のための音楽1894−1929』(米国議会図書館、1988)、『映画音楽書誌』(映画音楽保存協会、1995)などの著書もある。また音声解説は「第6回」で紹介した『裁かるるジャンヌ』クライテリオン盤の音声解説をも担当しているカスパー・ティベアCasper Tybjerg。1941年の再公開の際にクリステンセン監督が付したイントロダクション、アウトテイク集なども付く。さらに『時代を超えた妖術』(1968)と題された76分の編集版も付く。ナレーターはウィリアム・S・バロウズ。伴奏音楽のメンバーはダニエル・ユメール(パーカッション)、ベルナール・リュバ(ピアノ、オルガン)、ミシェル・ポルタル(フルート)、ジャン=リュック・ポンティ(ヴァイオリン)、ギ・ペデルセン(コントラバス)。フランス・ジャズのファンなら、この音楽を聴くためだけでも買う価値があるだろう。

『魔女』クライテリオン盤DVD / レヴュー digitallyobsessed.comdvdjournal.com

なおジャン=ピエール・メルヴィル監督の『仁義』(1970)のエリック・ドマルサン(1938年生まれ)によるサントラには、ダニエル・ユメール(ドラムス)、ジョルジュ・アルヴァニタス(ピアノ)、レーモン・ギヨ(フルート)、ベルナール・リュバ(ヴィブラフォン)、ギ・ペデルセン(コントラバス)、ジョス・バセッリ(アコーディオン)が参加している。

ジュネーヴ出身のユメール(1938年生まれ)は1967年にジャン=リュック・ポンティのアルバム『Sunday Walk』(1967)にギ・ペデルセンと共に参加、1968年にアルト・サックス奏者フィル・ウッズがパリで結成したユーロピアン・リズム・マシーンに参加。1972年にはアルゼンチン出身のテナー・サックス奏者ガトー・バルビエリ作曲のあまりに有名な『ラスト・タンゴ・イン・パリ』サントラに、またペデルセンらと共にステファヌ・グラッペリ作曲の『バルスーズ』(1974)、レバノン出身のガブリエル・ヤレド作曲の『ニューヨーカーの青い鳥』(1987)のサントラにも参加した。

アイスランドの「バング・ギャング」、「レイディ&バード」などで活躍するミュージシャン、バルディ・ヨハンソンは、4月に、ベルギーのBang社から『魔女』のための音楽のCDを発表した。

バルディ・ヨハンソン『魔女』(試聴可)

2004年、フランスの映画製作会社ラ・リュヌ・ルスによる20世紀無声映画上映シリーズの一環として「フォルム・デ・ジマージュ」で『魔女』が上映された際の音楽を「担当したのがバルディ・ヨハンソンだ。彼は2つのヴァイオリン、パーカッション、エレクトリニック・プログラミングを演奏した。この後、バルディはレイキャヴィクの「冬の光祭」への参加を申し出、トリール・バルドゥルソンに編曲を依頼した。2005年2月、新版『魔女』がアイスランド・ナショナル・シンフォニー・オーケストラによって演奏された。その後、バルディはブルガリアのソフィアでブルガリア・シンフォニー・オーケストラと共にこのスコアを録音した。最終的な追加録音はアイスランドで行われ、2006年1月にミキシングが行われた。何曲かは公演版より短縮されている。

ヨハンソンの『魔女』の音楽は、アイスランドのオーラフ・デ・フルル・ヨハネスソン監督のDVによる記録映画『普通にふるまう』(未。2006)にも使われている。

バルディ・ヨハンソンが音楽を提供した、ヨハネスソン監督の『アフリカ・ユナイテッド』(2005)は、山形国際ドキュメンタリー映画祭2005で上映され、2006年のBio06アイスランド映画祭でも上映された。これはモロッコ人の監督が率いるアイスランドの多国籍アマチュア・サッカー・チームの転戦を扱う。ヨハネスソン(1975年生まれ)はTVドキュメンタリーに2年間関わった後、2004年にポポッリ・ピクチャーズ社を設立、製作者・演出家として活動している。

ムルナウの『ファウスト』の最新修復版は、フィルモテカ・エスパニョーラの委嘱によりルシアーノ・ベリアトゥアが1995年に修復したもので、日本でもゲーテ生誕250年にあたる1999年に京都映画祭で初上映された。従来の修復版では熊の代わりに熊の着ぐるみを着た人間が出ているキャメラ・テストのテイクが使われていたが、ベリアトゥア版には本物の熊が出てくる。

加藤幹郎『映画の領域』(フィルムアート社)に、『ファウスト』ベリアトゥア版の1999年、第2回京都映画祭上映の際の解説文が再録されている。

1949年、マドリッド生まれのベリアトゥアには浩瀚な上下2巻のムルナウ研究書の著書『Los Proverbios Chinos de F. W. Murnau』(1991年。マドリッド・シネマテカ刊)があるがスペイン語版しか出ていない。彼は『シャドウ・オブ・バンパイア』(2000)の監修も手がけている。『タルチュフ』(1925)の特典『《タルチュフ》−失われた映画』(未。2003。37分)。

ベリアトゥア・インタヴュー(スペイン語)

2002年に発売されたスペイン、ディビサ盤『ファウスト』DVDは、ベリアトゥア版に基づく世界初のDVDだが中間字幕はオリジナルのドイツ語とスペイン語。1時間46分8秒(20fps)。特典はベリアトゥアの『F・W・ムルナウの5つのファウスト』(スペイン語音声。字幕なし。54分)。音楽はクレジットされていないが、ヴェルナー・リヒャルト・ヘイマンのオリジナル・スコアでなく、フランスを本拠とするチェンバー・ロック・バンド、アール・ゾイドの録音が用いられている。

映像表現と音楽表現の衝突が新たなインパクトを秘めた芸術を実現すると考える向きもあるだろうが、無声映画の自律的な視覚的造形+映像の自律的なリズムの効果を集中的に味わう上では、おどろおどろしく大仰で、あからさまにアトラクションの効果を狙う表現主義的な伴奏音楽は、妨げにもなりかねない。弁士やハリウッド的なミッキーマウジング(映像におけるアクションの描写を音響により過剰に修飾する)の過剰説明、いわば沈黙や距離の不在も同様の問題をはらんでいる。逆にアール・ゾイドのファンはこのDVDを観ることで、一層その楽曲の表現主義的な意図、ありえたかもしれない映像と音響の相乗効果がより直接的に理解できるのではないだろうか。

そもそも同時代の無声映画の興行に際してオリジナル・スコアが演奏されることは稀であり、ほとんどが間に合わせの即興音楽で伴奏されたという。だが、それを言うならば、(同時録音ではない)トーキーの固有の音楽として、サウンドトラックの特定の箇所に事後的に付加された特定の楽曲ないしは音響も、ある映像にふさわしい唯一絶対の決定的な音響編集効果と言えるだろうか。偶有的なものが事後的に必然とみなされるという観念の機制については常に反省してみる必要があるだろう。たとえばフリッツ・ラングの『メトロポリス』が2005年9月、東京・有楽町朝日ホールで行われた映画祭「ドイツ時代のラングとムルナウ」で上映された際には、監督自身が認めたゴットフリート・フッペルツ(1887−1937)のオリジナル・スコアが使用された。その意義をどう捉えるべきか。

他方で同じ映画祭で上映された『ニーベルンゲン』(1924)は、フッペルツのオリジナル・スコアではなく、演奏なし上映、およびアリョーシャ・ツィンマーマン(1944年、ラトヴィア、リガ生まれ)のピアノとサブリナ・ツィンマーマンのヴァイオリン伴奏付きで上映された。『ニーベルンゲン』米キノ盤は、ミュンヘン放送交響楽団演奏のフッペルツのスコアを使用している。本編の長さは291分。

  ツィンマーマンは「第10回」で紹介した、『ドクトル・マブゼ』(1922)、2000年修復版に基づく各国盤DVDの音楽も担当。ちなみに『ドクトル・マブゼ』にはゴットフリート・フッペルツがエクセルシオール・ホテルのマネージャー役で出演している。またフッペルツは『スピオーネ』(1928)ではヴァイオリン奏者役として出演している。

『ドクトル・マブゼ』米キノ盤DVD

アリョーシャ・ツィンマーマン・アンサンブルは2002年、オーストラリアのBMWドイツ映画祭で『メトロポリス』(1926)の生演奏公演も行った。2006年7月にやはり朝日ホールで開催される「ルビッチ再発見」でもアリョーシャ・ツィンマーマンが伴奏を担当する予定。

1969年に結成された前衛ロック・バンド、アール・ゾイドは、当初はキャプテン・ビーフハートやフランク・ザッパの影響を受けていたが、やがてチェンバー・ロックのスタイルに移行、90年代以後、20年代の無声映画の上映用のオリジナル音楽を、上映と同時に生演奏するという試みを始め、ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(特殊上映題。1921)、『ファウスト』、ベンヤミン・クリステンセンの『魔女』(1921)、フリッツ・ラングの『メトロポリス』(1926)などの演奏を手がけている。

1996年に初来日し、「第3回・神奈川芸術フェスティバル」の一環として、『吸血鬼ノスフェラトゥ』、『ファウスト』を生演奏。 そのときのメンバーはパトリシア・ダリオ(キーボード)、ダニエル・ドゥニ(パーカッション、キーボード)、ジェラール・ウルベット(ヴァイオリン、キーボード、パーカッション)、ティエリー・ザボワゼフ(チェロ、エレクトリック・ベース、キーボード、パーカッション)。2002年の2度目の来日公演は『メトロポリス』の2001年修復版。神奈川県民ホールと山口市民会館で公演。メンバーは、パトリシア・ダリオ、ユカリ・ベルトッチ=ハマダ(キーボード)、ディディエ・カザミチャナ(パーカッション)、ロランス・シャヴェ(パーカッション)。ジェラール・ウルベットは芸術・音楽監督のみ。アール・ゾイドが無声映画伴奏用に作った音楽のCDに『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1989)、『ファウスト』(1995)、『魔女』(1997)、『メトロポリス』(2002)がある。

1991年に結成され、1997年に『Danae』でCDデビューしたイタリアのサロン風アコースティック・バンド、ガット・マルテは2005年にカルフォニア州モンタリーとサンタクルスで『ファウスト』上映の演奏会を行った。2005年1月22日、モンタレーにおけるガット・マルテの『ファウスト』ライヴ録音は今年に入ってからCDで発表された。これはガット・マルテ6枚目のアルバムにあたる。メンバーはジュゼッペ・ブランカッチョ(バスーン)、ニノ・コトーネ(ヴァイオリン)、マクシミリアン・ブルックス(ピアノ)、ピエトロ・ルスヴァルディ(コントラバス)。マイケル・ストランク(パーカッション)も加わっている。「ガット・マルテ」は(脚の異様に長い)「火星猫」の意。こちらはアール・ゾイドとは対照的にユーモラスでほのぼのとした作風。聴きやすいが、やや通俗的情感描写に傾く傾向にある。

ガット・マルテの前作『Marachelle』(2005)は2部構成で、第1部はキートンの『空中結婚』(1923)、チャップリンの『黄金狂時代』(1925)のための組曲からなる。参加メンバーはマクシミリアン・ブルックス(ピアノ)、ニノ・コトーネ(ヴァイオリン)、ジュゼッペ・ブランカッチョ(バスーン)。ゲスト・ミュージシャンはフランコ・ダウリア(ドラムス、パーカッション)。 ガット・マルテによる無声映画伴奏音楽には、2000年の『マロンブラ』(未。1917。75分。監督カルミネ・ガッローネ)、2002年の『チャップリンの女装』(1915。20分。監督チャップリン)および『黄金狂時代』(85分)、2003年の『空中結婚』(35分)がある。

ロシアのアレクセイ・ボリソフ(1960年、モスクワ生まれ。エレクトロニクス)とセルゲイ・レトフ(1956年、東カザフスタン、セミパラティンスク生まれ。サックス、フルート、笛)も『ファウスト』の伴奏音楽を何度か演奏している。彼らは1999年6月22日、エカテリンブルクのスヴェドロフスク州立フィルハーモニック・ホールでのライブ演奏を録音したCD−R『Faust in Ekaterinburg』(1999)、オレグ・リパトフを加え、1999年4月、ニージニー・ノヴゴロド州でのライブ演奏を録音した『Faust. Nizhni Novgorod』(1999)、オレグ・リパトフ(エレクトリック・ギター)、リチャルダス・ノルヴィラ(1961年、リトアニア生まれ)を加え、2000年2月17日のモスクワの「The Central House of Artist」でのライブ演奏を録音したCD−R『Faust Live in Moscow』(2001)を発表している。

アレクセイ・ボリソフ/セルゲイ・レトフの『ファウスト』について

6月19日に英国ユリイカから『ファウスト』スペシャル・エディションのDVD(2枚組)が出た。ディスク1には、ベリアトゥア版収録。4%のPALスピードアップにより1時間46分52秒。『公然の秘密:ゲイ・ハリウッド1928−1998』(William Morrow & Company,1998)の著者でもある映画批評家デイヴィッド・アーレンスタイン(1947年、ニューヨーク生まれ)と『オーソン・ウェルズ/イッツ・オール・トゥルー』(1993)の脚本・監督の一人で、『ヒッチコック・アット・ワーク』(Phaidon,2003)の著者でもある映画批評家ビル・クローンによる音声解説付き。音楽はスタン・アンブローズによるオリジナルのハープによる演奏、すでにCDも発売されているティモシー・ブロック(1963年生まれ)のオーケストラ・スコア版の2種類。ディスク2には輸出版『ファウスト』(1時間55分44秒)、2006年1月収録の『トニー・レインズ《ファウスト》を語る』(38分)、フリッツ・ラングDVDの特典ヴィデオ・エッセイでも知られる映画史家R・ディクソン・スミスによるヴィデオ・エッセイ『ファウストの異版』(28分)を収録。

古典映画ないしは映像記録に対する物神崇拝と偶像破壊という両義的あるいは反語的な態度が読み取れるジャン=リュック・ゴダールの『新ドイツ零年』(1991)では、ムルナウの『ファウスト』の吹雪の中を必死にさまよう防寒服の女性の黒い影の映像が劣悪なコピーで引用される。そこに流れるのはヒンデミットの『四つの気質』(1940)第4曲「胆汁質」冒頭の衝撃的な響きである。同じ映像は『アワーミュージック』(2004)第一部、地獄編の最後の方でも、戦争犠牲者の映像を構成する一要素として一瞬挿入される。音楽は『21世紀の起源』(未。2000)と同じ、ヒンデミットの弟子ハンス・オッテ(1926年、ドイツ、プラウエン生まれ)。『響きの書』(ECM1659、2001。作曲1979−82年)より。ピアノ演奏はヘルベルト・ヘンク(1948年、ヘッセン州トライザ生まれ)。

『アワーミュージック』のサントラ・サンプル(イルコモンズ編)

ジャン=リュック・ゴダール監督の『21世紀の起源』(16分)は、『サラエヴォ万歳』(未。1993。2分)、ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィル共同監督の『古い場所』(未。1999。46分)、『自由と祖国』(未。2002。21分)、と共にECMシネマからDVDブック(ECM Cinema 5001)の形で6月15日に発売された。英語・独語字幕付き。また『21世紀の起源』は、フランスGCTHG(ゴーモン・コロンビア・トライスター・ホーム・ヴィデオ)から7月24日発売の『映画史』(1988−98)DVD−BOX(4枚組)にも収録。他の特典は2004年カンヌ映画祭におけるゴダール記者会見(52分)、ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィル共同監督の『フランス映画の2×50年』(放映のみ。52分)。

『新ドイツ零年』については、紀伊國屋書店発売のDVD(字幕は劇場公開版ともビデオ版とも異なる堀潤之による新訳)の封入リーフレットに掲載された堀潤之による注釈付き採録シナリオを参照。また、拙稿「『新ドイツ零年』における孤独な映像」(『季刊デザイン』7号、2004)をも参照。『新ドイツ零年』で主人公のレミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)が旧西ドイツに帰還しようとする時、ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1926年か27年の第二フランス版)の、超現実主義者アンドレ・ブルトンを熱狂させた有名な中間字幕の一節「彼が橋を越えると亡霊たちが会いに来た」が「私が国境を越えると亡霊たちが会いに来た」と変形され、ヴォイスオーヴァーで引用される。ドイツ語オリジナルの中間字幕は「Kaum hatte Hutter die Brucke uberschritten, da ergriffen ihn die unheimlichen Gesichte...」(「ハッターが橋を渡ると、不気味な幻影にとらわれた」)。舟に乗る直前のレミーとすれ違う、ジョギングする女性は、東独出身の1990年の欧州陸上選手権の百メートル走と2百メートル走の二冠に輝き、1991年には東京・世界陸上選手権でも同じタイトルを獲得した、カトリン・クラッベ(1969年生まれ)である。彼女はその後ドーピング疑惑により引退を余儀なくされた。レミーが小舟に乗り旧国境を越えようとする場面で、レミーのボイスオーヴァーはジャン・パウルの長編小説『ヘスペルスあるいは四十五の犬の郵便日』(1795。「ヘスペルス」は「宵の明星」の意)の主人公ヴィクトルの師エマーヌエルの叫びを引用する。「本当にこれは祖国なのか。(略)このように長らく想像していた。至福の、魔法の、眩惑の国。(略)愛する大地よ、お前はどこだ」。なお浩瀚な『ヘスペルス』の恒吉法海による邦訳(九州大学出版会)は1998年、第35回日本翻訳文化賞を受賞している。ちなみにゴダールが青年時代に愛読したというアルベール・ベガンの1937年の著書『ロマン的魂と夢』(国文社)の第2部では「ロマン派の天空」が論じられている。

なお『新ドイツ零年』、『フォーエヴァー・モーツアルト』(1996)、『愛の世紀』(2000)の撮影監督クリストフ・ポロックは5月9日に亡くなった。享年52歳。妻は『やさしい嘘』(2003)の監督ジュリー・ベルチュセッリ(1968年生まれ)。「フランス映画祭2006」で上映された、ブリジット・ルアン監督、キャロルー・ブーケ主演の『ハウス・ウォーミング!』(2004)の撮影もポロック。同作の製作者アンベール・バルザンも2005年2月10日に50歳で自殺している。ポロック追悼もかねて、『新ドイツ零年』を、さらにストローブ=ユイレが「ドイツ」を題材とした、モリス・バレス(1862−1923)の小説『コレット・ボドッシュ』(1909)に基づく、あまりにも美しい異色短編『ロートリンゲン!』(1994。DVD『セザンヌ/ルーヴル美術館訪問』に収録)をDVDで再見していただきたい。

クリストフ・ポロック追悼記事(ウィリアム・ルプシャンスキー、キャロリーヌ・シャンプチエ、ブリジット・ルアン他)

『吸血鬼ノスフェラトゥ』は、ジャン・パンルヴェ監督(1902−89)の科学記録映画短編『吸血鬼』(特殊上映題。1945)の導入部でも引用される。『吸血鬼』とはブラジル奥地に生息する吸血コウモリのこと。拡大された吸血コウモリの顔とその口の動きは実に不気味だ。音楽にはデューク・エリントンの「Echoes of the Jungle」(1931)が用いられている。  日本ではあまり知られていないパンルヴェのDVDは今のところ、フランスのレ・ドキュマン・シネマトグラフィックから『ジャン・パンルヴェ・コンピレーション第1集』と『ジャン・パンルヴェ・コンピレーション第2集』の2種が出ている。英語字幕付き。

『ジャン・パンルヴェ・コンピレーション』DVD第1集・第2集レヴュー

またパンルヴェ監督の『吸血鬼』は、米キノ・ヴィデオから出たDVD『アヴァンギャルド:1920年代と30年代の実験映画』(2枚組)にも収録。
『アヴァンギャルド:1920年代と30年代の実験映画』レヴュー

パンルヴェについてはアンディ・マサキ・ベロウズ、マリーナ・マクドゥーガル、ブリジット・バーグ編『科学は虚構である:ジャン・パンルヴェの映画』(MIT Press,2000)を参照。(日本語書評

ヨ・ラ・テンゴは、パンルヴェ作品のためのサントラCD『The Sounds of the Sounds of Science』(Egon 2001)を2001年に発表している。その中の1曲「タツノオトシゴ」は、DVD『ジャン・パンルヴェ・コンピレーション第1集』に特典として収録。

ヨ・ラ・テンゴはニュージャージー出身のサイケデリック・ロック・グループ。1984年に結成、1991年、アイラ・カプラン(ヴォーカル、ギター、キーボード)とジョージア・ハブリー(ドラムス、ヴォーカル)の夫婦とジェイムズ・マクニュー(ベースほか)のトリオ編成となった。ジョージア・ハブリーは『ファンタジア』(1940)の『春の祭典』のパートなどで有名なアニメーター、ジョン・ハブリーとその妻フェイス・ハブリーの娘。なおヨ・ラ・テンゴはハル・ハートリー監督の『ブック・オブ・ライフ』(1998)に出演している。  ヨ・ラ・テンゴは、2005年5月28日、ラフォーレ・ミュージアム六本木で、「The Sounds of Science Show」と題し、パンルヴェの作品上映に伴う生演奏公演を行った。ヴォーカルなしのインストゥルメンタル。

2005年に有楽町朝日ホールで催された映画祭「ドイツ時代のラングとムルナウ」で上映された『吸血鬼ノスフェラトゥ』は、1995年のボローニャ市立映画資料館およびミュンヘン映画博物館による染色修復版。カタログによると、オリジナル1967m、現存1906m、84分(20fps)。

一方、以下のサイトによると、オリジナル1967m、106分(16fps)、1981年のミュンヘン映画博物館復元版、1984年のエンノ・パタラス修復版は1733m、1987年のパタラス修復版は1910m、1995年のボローニャ版(1991年から96年まで続いたリュミエール・プロジェクトの一環)は1970m、94分と18フレーム、18fspとある。

『吸血鬼ノスフェラトゥ』各種プリント、DVDについて(英語)

当時英領だったアイルランドの作家ブラム・ストーカー(1847−1912)の代表作で、ドラキュラ伝説、ノスフェラトゥ伝説などに基づく『吸血鬼ドラキュラ』(1897)を映画化したとされる『吸血鬼ノスフェラトゥ』(映画祭題。1922)。『吸血鬼ノスフェラトゥ』の1995年ボローニャ版のDVDは、米キノ・ヴィデオ(93分21秒)、英BFI(88分32秒+PALスピードアップ=92分)、仏サン・フロンティエール(92分57秒)からそれぞれ出ている。サン・フロンティエール盤は2ヴァージョン収録。彩色なしの60分版(24fps)は50年代にフランス市場向けに輸出された版(中間字幕はフランス語)。中間字幕はドイツ語、フランス語もしくは英語サブタイトル付き。原版の画質は悪い。音楽はガレシカ・モリアヴォフ。BFI盤は88分。中間字幕は英語。こちらも解像度は低い。音楽はハマー・プロのホラーでおなじみのジェイムズ・バーナード。1997年にチャンネル4放映用に書き下ろしたスコア。演奏はプラハ・シティ・フィルハーモニック。キノ・ヴィデオ盤は93分。中間字幕は英語。音楽は2種類選択可。シンセサイザー、バグ・パイプ、女声をフィーチャーしたドナルド・ソシンのスコア(ヴォーカルはジョアナ・シートン)と、アール・ゾイド。

ドナルド・ソシンについて silent-film-music.com

『吸血鬼ノスフェラトゥ』の真に望ましい理想的なDVDは、ボローニャ版に基づき、中間字幕はドイツ語オリジナル、1995年に修復されたハンス・エルドマンのオリジナル・スコア付き、ルシアノ・ベリアトゥアによるムルナウのドキュメンタリー『ムルナウ:影の言語 Murnau. El lenguaje de las sombras』(未。1995。240分。60分×4話)が特典に付くというもの。

『吸血鬼ノスフェラトゥ』の新サントラCD(LPもある)には、前述のアール・ゾイド盤のほか、ドイツの前衛ロック・バンド、ファウストの『ファウストがノスフェラトゥを目覚めさせる Faust Wakes Nosferatu』(1997)がある。映画を上映しながら即興演奏したものをスタジオで加工。メンバーはヴェルナー・ディーアマイアー(ドラムス)、ハンス・ヨアヒム・イルムラー(オルガン、エレクトロニクス)、ステーヴン・レイ・ロブデル(ギター)、トーマス・E・マルティン(ギター)、ラーシュ・パウクシュタット(パーカッション)、ミヒャエル・シュトール(ベース)。ファウストは1971年に結成され、4枚のアルバムを残して解散したが、90年代に再結成された。

フランチェスコ・クーザ(ドラムス、エレクトロニカ。1966年、カターニャ生まれ)とクリスティナ・ザヴァローニ(歌。1973年、ボローニャ生まれ)の「インパッセ」による、ムルナウ監督の『サンライズ』の新サントラCDはイタリア、バッセ・スフェレから2000年に出ている。参加メンバーはフレッド・カサデイ(コントラバス)、ドメニコ・カリリ(ギター)、グリエルモ・パニョッツィ(アルト・サックス、クラリネット)、ガエタノ・サントロ(アルト&テナー・サックス)、ロイ・パチ(トランペット)。

『魔人ドラキュラ』(1931)のユニバーサル社DVDのためのフィリップ・グラスのスコアのように、トーキー映画でさえ、もともと音楽の少ない作品に新たな楽曲をシンクロさせるという試みが行なわれている。2005年に東京・Bunkamuraで『魔人ドラキュラ』「シネマ・コンサート」公演が初演され、グラスも来日した。グラス自身と指揮者のマイケル・リーズマンも演奏に参加するため、新たに2声部を書き足した6重奏版で演奏された。また久石譲が『キートンの大列車強盗』(公開題『キートン将軍』。1926)、フランスMK2盤DVDのために書き下ろしたスコアは、2004年5月22日、カンヌ映画祭で初演された。フィルムの上映時間は80分だが、DVDはPALスピードアップで75分だったため、当初、カンヌではテンポを遅くして演奏することを求められたが久石が拒絶し、結局、カンヌでも75分版が上映されることになり、2004年4月10日、東京・早稲田のアバコクリエイティブスタジオ、4月16日、麻布台・サウンドシティで録音が行なわれた。

『キートンの大列車強盗』はフランスで2004年9月に、無声映画では世界初のコマ単位のコンピュータ修復版が公開され、それにあわせてMK2からDVDが発売されたレヴュー)。2枚組で、カナダ国立フィルム・ボード(NFB)製作、ジェラルド・ポタートン監督の『キートンの線路工夫』(自主上映題。1965。25分)、ジョン・スポットン監督の『キートン・ライズ・アゲイン』(自主上映題。1965。55分)など多数の映像特典付き。同一原版によるDVDはオーストラリアのAVチャネルからも2005年5月に出ている。(レヴュー
『キートンの大列車強盗』DVD比較

久石の「『THE GENERAL』組曲」は、日本では2005年の「Joe Hisaishi Symphonic Special 2005」のBプログラムでDVD上映付きで初演された。Aプログラム『ハウルの動く城』(2004)。久石のピアノに新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラの共演。今年の6月10日には早稲田大学における久石譲の講義で、この映画が題材に選ばれた。「『THE GENERAL』組曲」は「『ハウルの動く城』組曲」、「サントリー“伊右衛門”CM曲」と共に久石譲『WORKS III』(2005。ユニバーサル・シグマ)に収録。

デトロイト・テクノの大御所DJ、ジェフ・ミルズ(1963年生まれ)は、フリッツラング監督の古典無声映画『メトロポリス』(2000)とクレール・ドゥニ監督のフランス映画『金曜の夜』(未。2002)の映画音楽に続いて、『キートンの恋愛三代記』(2005)のための音楽を発表している。

アクシス・レコーズ公式サイト(『メトロポリス』抜粋試聴可)
ジェフ・ミルズ『メトロポリス』CD(独トレゾア盤)
ジェフ・ミルズ『キートンの恋愛三代記』12インチ、CD、DVD
『キートンの恋愛三代記』仏MK2盤DVD+CD

ギタリスト、作曲家のビル・フリゼール(1951年、ボルティモア生まれ)は、キートンの『文化生活一週間』(1920)、『ザ・ハイサイン』(ビデオ題。1921)、『キートン西部成金』(1925)の上映を伴うライブ演奏を1993年5月にニューヨークで行った。これを1994年に録音、1995年に米ノンサッチ・レコーズから2枚のCD『キートンの西部成金 バスター・キートンを聴け!その壱』と『《ハイ・サイン》《文化生活一週間》 バスター・キートンを聴け! その弐』(国内盤はダブリューイーエー・ジャパンより発売。廃盤)を発表している。参加メンバーはカーミット・ドリスコール(ベース)、ジョーイ・バロン(ドラムス、パーカッション)。1996年には『キートンのゴルフ狂の夢 Convict 13』(1920)のための2曲を収録したCD『カルテット』を発表している。同CDにはダニエーレ・ルケッティ監督のイタリア映画『スクール La Scuola』(映画祭題。1995)のための2曲も収録。

このほか、ジガ・ヴェルトフ監督の『カメラを持った男』(公開題『これがロシアだ』。1929)にマイケル・ナイマンが2002年に音楽を付けたDVDが英BFIから発売された。同じ仕様のDVDは、アメリカではキノ・ヴィデオから出ている。  国内盤DVDはアスミックから2004年に発売され、ナイマンによる東京、高知、大阪公演も行なわれた。

『カメラを持った男』 アスミック盤DVD / 米キノ盤DVD

一方、2004年に出た『カメラを持った男』修復版、フランス、アルテ盤DVDレヴュー)は2種類の音楽を選択できる。ひとつは、ヴェルトフの指示に従いアロイ・オーケストラが演奏した音楽。もうひとつは、ヨーロッパ屈指の人気を誇るテクノDJ、イヴァン・スマッヘ(ブラック・ストローブ)とマルク・コランによるユニット、ヴォルガ・セレクトのテクノ音楽。1998年発売の『カメラを持った男』米イメージ・エンターテインメント盤もアロイ・オーケストラによる音楽収録。

1981年からイギリスのシェフィールドを中心に活動する耽美系テクノ・バンド、イン・ザ・ナースリー詳細)は1993年、Third Mind Recordsから初のサントラ盤『幽霊たちの奇襲 An Ambush of Ghosts』(TM 9038 2)を発表(後にITN Corporationからリイシュー)。エヴェレット・ルイス監督の『幽霊たちの奇襲』(1993)は日本未公開。1996年、自らのレーベルITN Corporationを設立、「視覚的音楽シリーズ The Optical Music Series」として、1996年にはローベルト・ヴィーネ監督の『カリガリ博士』(1919)のサントラ(corp 015CD)、1997年にはジョー・メイ監督の『アスファルト』(1929)のサントラ(corp 017CD)、1999年には、『カメラを持った男』のサントラ(CORP21CD)、2004年には、衣笠貞之助監督の『狂った一頁』(1926)のサントラ(corp 027CD)、2005年には英BFIからDVD化された、セイガー・ミッチェル&ジェイムズ・ケニヨン作品集『エレクトリック・エドワーディアンズ』(1900−06)(レヴュー)のサントラ(corp 028CD)を発表している。20世紀初頭のエドワード朝(1901−10)の英国の地方の人々の貴重な記録映画集『エレクトリック・エドワーディアンズ』DVDは7月11日、米マイルストンより発売(レヴュー)。

ミッチェル&ケニヨンについての記録映画『ミッチェル&ケニヨンの失われた世界』(未。2004。176分)もBFIからDVDが発売されている。

ヴァネッサ・トゥルミン、サイモン・ポプル、パトリック・ラッセル編『ミッチェル&ケニヨンの失われた世界:映画におけるエドワード朝の英国』(BFI,2004)も参照。

1999年にロンドンのレーベル、ニンジャ・チューンの店員だったジェイソン・スウィンスコー(プロデューサー、作曲家、ミキシング)は、ポルト映画祭で『カメラを持った男』上映時に音楽を生演奏することを依頼されたのをきっかけにクラブ・ジャズ・ユニット、ザ・シネマティック・オーケストラ(TCO)を結成。その後、2002年に『カメラを持った男』のDVD(ZENDVD78。68分)とCD(ZENCD78)(レヴュー)をニンジャ・チューンから2003年に発表した。ただしDVDは限定盤のため長らく入手不可。国内盤CD(BRZN78)はBeat Recordsから発売。DVDには『カメラを持った男』上映に伴うザ・シネマティック・オーケストラのライブ映像(16分)などの特典付き。ザ・シネマティック・オーケストラはイヴァン・アタル監督、シャルロット・ゲンズブール主演の『フレンチなしあわせのみつけ方』(2004)のサントラにも4曲提供。

『カメラを持った男』のサントラには、このほか、ヴェロトフの伴奏音楽についての指示に基づきノルウェーのアンビエント・テクノ・ミュージシャン、ゲイル・イェンセン(バイオスフェア)とノルウェーのテクノ・クラブ・シーンを代表するペール・ マッティンセン(メンタル・オーヴァードライヴ)による1996年のサントラがある。2001年に発表されたバイオスフェア名義のCD『Substatra2』(Touch 2001)に収録。なおゲイル・イェンセンが手がけたサントラにはエーリク・シャルビャルグ脚本・監督、『奇跡の海』(1996)のステラン・スカルスガルド(ステッラン・スカッシュゴード)主演のサスペンス・スリラー『不眠症 オリジナル版 インソムニア』(DVD題。1997)、ディアーヌ・ドニオル=ヴァルクローズ、アーサー・フラム脚本・監督、『魂を救え!』(1992)のエマニュエル・サランジェ主演のサイコ・ホラー映画『死立屋(したてや)』(DVD題。1999)がある。前者はクリストファー・ノーラン監督の『インソムニア』(2002)のオリジナル。後者のディアーヌ・ドニオル=ヴァルクローズはジャック・ドニオル=ヴァルクローズの娘。 『不眠症』のDVDはHRSフナイ(フナイエンタテイメント・ジャパン)から、『死立屋』のDVDはオンリー・ハーツから出ている。また『不眠症』のDVDは米クライテリオンから、『死立屋』のDVDは米フォックス・ローバーから出ていたが廃盤。